「ノート一冊」は果たして良いのか?

昨年、初めてミケリウス(Miquelrius)のノートを手にしてから、仕事ではこの厚手のノートを使ってきました。スペイン製ですが、お洒落でカラフルな表紙がいろいろあるので、女性のファンも多いそうです。私が使っているのは樹脂製表紙のシンプルなもので、中身は私の好きな方眼になっているものです。

会議でも、思いつきでもなんでもこれに書いていますが、分厚い一冊にいろいろな内容が書かれてゆくにつれ、疑問がわいてきました。よく「なんでもこれ一冊!」というノートの使い方を耳にしたり読んだりすることがあるのですが、この使い方ってかなりリスクが高い使い方です。

つまらない会議のメモから、重要な人事に関する秘密の打ち合わせのメモまでなんでもあるんで、万が一これをなくしたりするととてもまずいことになります。どこの企業でも最近は情報セキュリティにうるさくて、リムーバブルメディア(USBメモリも含む)やモバイルPCの扱いにはとても神経質になっています。しかしながら、個人が仕事で使うために個人負担で買って使っているこのようなノート類にまでは管理の手は及びません。

そんなことを考えていると、やはり何でも一冊は非常に危険であると書かれている方がいらっしゃいました。

ベンチャー企業社長の挑戦、そして苦闘 | 私のちょっとした仕事のスタイル

何でも収まっているというのは、よほどきちんと整理されてすぐに検索にひっかかるようになっていないと情報として使い物になりません、というか、無いのと同じ。単に、もっているという安心感に胡坐をかいている状態にすぎません。昔でいうと120分カセットに、J-POPやら落語やらラジオ英会話やらクラシックやらいろいろなものをランダムに発生時間順に録音していて、いざ目当てのものを聞くときにどうにもならないのと同じです。

これに対する反論としては、常に冒頭に日付と時刻を記入すれば、大体いつごろのことか覚えているから検索可能だ、というものがあるように思います。しかし、はっきりいいますが、人間の事象発生日時の記憶なんて実にあやしいものです。まして、中年の領域になるともうダメです。脳が半分溶けているんじゃないかと思うくらい当てにならなくなります(笑)。だから、時刻順に整理して後はなんでもブッコミなんてのは、論外だと悟りました。

ああ、もちろん、これはその人の抱えている仕事の種類が非常に少ない場合はまだ有効かもしれません。しかし、管理職になるといろいろな仕事を浅く広くかかえることになるので、とてもじゃないけれど、記憶には頼れないのです。また、ごみ情報も多いので、ごみ情報と重要丸秘情報が同じノート上にあるっても問題であります。

ここはやはり発生都度に切り離して、即座に整理して収めるというベンチャー企業社長の挑戦、そして苦闘 | 私のちょっとした仕事のスタイルに書かれているやり方のほうがよさそうです。

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ベンチャー企業社長の挑戦、そして苦闘 - 私のちょっとした仕事のスタイル:打合せ編 (2007年2月11日 14:45)

 立場上、1年間を「4月1日から翌年3月末まで」と考えてしまう癖があり、4月から6月までの3ヶ月(=第一四半期)といった単位で、私の思考回路は働きます。こ... 続きを読む

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マロン

 
   

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