1997年の海外でのとあることがきっかけで猛烈に英語を話せるようになりたくなって、英会話学校なんぞに通い続けまして、今ではどうにか仕事での海外出張や日本人は自分一人というワークショップに出席して議論したり、あるいは一人旅ができる程度にはなりました。
そこで知り合いや友人などもできる訳なんですが、彼らは猛烈に日本のことを知りたがります。なぜ?どうして?それはなに?とにかく東洋の神秘に興味津々のことが多いです。

(2004年5月 カナダ・トロントにて、CANON PowerShot A80)
そういう状況になって初めてわかったのは、外国人とのコミュニケーションの基盤としては単に言葉ができるだけじゃだめだってことです。英語なら英語で日本の文化や歴史をきちんと伝えられるようになるだけの語学力はもとより、それらについての知識が必要だということです。
これは何も難しいことじゃなくて、高校までの標準的な日本の地理や歴史をきちんと学んでいるだけでも違うでしょう。これは歴史であれば年号を覚えるだけでは無意味で、むしろできごとの年号などはおおよそでよくて、重要なのは順序と因果関係とその後の歴史への影響を理解しておくことでしょうか。地理であえば、たとえば呉の主産業は造船なんてなんとかの一つ覚えみたいにしてもしかたなくて、それはどういう歴史的背景だったのかといった歴史とのつながり、人々の暮らしとのつながりも理解しなくてはなりません。えらそうなことを書いていますが、それが自分にできていないことを、外国人と接する機会が増えるにつれてできていないことを痛感しているのです。
歴史や地理のみならず、日本語そのものについてもそうですし、日常の生活文化についてもそうでしょう。国際交流の第一歩は実は自分の国・自分たちの文化・自分たちの歴史をよく知り、それらを愛することがから始まるのではないでしょうか。










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